島一恵が描いた、紫がかったワイドラペルのスーツの胸元で、男性が女性の手を掴んでいるエモーショナルなイラスト。

あのスーツの胸の前で:記憶を纏うワイドラペル

Artwork Details

Medium:デジタルファッションイラストレーション

Subject:紫がかったワイドラペルのスーツの胸元で、女性の手を掴む男性

Theme:別れの記憶、衣服に宿る時間と男性の許容の深み

Artist:Visual Story Artist Kazue Shima

The Story

このスーツを着る度に君を思い出す。
少し紫がかったこのワイドラペルのスーツは、君が選んでくれたものだから。「これで光沢がかかっていたら、最悪だけど」って君は言い、ハンガーごと僕に手渡した。

「今、着るの?」と僕が聞くと「試着室はあっちよ。セットアップなんだから全部着て見せてよ」と、ちょっと怒ったような顔をした君。
今思えば、あの怒ったような顔の後にあるものに僕は気づかなかっただけだ。本当は泣きたかったかもしれない君が、なぜあの店に突然入り、急にスーツを買おうと言い出したのか、僕はいつもの君の気まぐれだと思っていた。

試着室から出てきた僕を見て、少し眉をひそめて「似合ってるよ」と一言。その表情と一言に何か違和感を感じた僕は少しイラついたのだけれど、なぜかここでそのことを突き詰めてはダメな気がしたのだ。

君は店のスタッフにボトムの丈の調整をお願いすると、その間、コーヒーでも飲みましょうと向いのカフェに入る。僕らは一言も話さないまま、ただ熱いコーヒーを飲んでいた。
あの時、本当は僕に何かを言って欲しかったんだろうな、と思う。コーヒーがまるで別れの一杯のように、もうボトムの裾上げは終わっている時間なのに、いつまでも席を立とうとしなかった君。

店に戻りスーツを受け取ろうとすると、そのまま着て帰りましょうと君が言う。「この靴じゃスーツに合わないよ」と僕が困った顔をすると、君はあの日初めて僕に会うかのようにしっかりと僕の目を見て、「このまま着ていてほしいの。お願い」と静かに呟いた。

あのまま別れるのではなかった。あの時、君を呼び止めて、しっかりと手を掴んでいれば、君はちゃんと泣けたかもしれないのに。

僕はあの日のような、少し曇りがかってあの路の木が悲しそうに見える日に、このスーツを着る。僕は僕に向き合わなければ。

Materiality & Context

ワイドラペルのスーツが好きだ。これは描くことも、実際にファッションとして見る時も心地良い。ナローラペルも若々しくてスタイリッシュだと思うけれど、どうにも物語性に欠けてしまう気がするのは私だけだろうか。
男性の胸周りのラペルの深さが、その人の許容の深みのような気がするのは、ただの勝手な思い込みだと思う。しかし、どうにも心が躍るのは、断然ワイドラペルである。

少し沈んだような紫色は、実はカラー処理をされたスクリーンの中でどう見えるのかを、作り手として正確に調整できないことが悩ましい。

この物語から一枚の絵にする時に、迷うことなくこのショットを思い浮かべたし、この色だと思ったのだけれど、きっと彼が彼女に「なぜこのスーツがいいんだ?」ともし聞いたとしたら、私も彼女もうまく説明ができない。

人の関係性を全て言語化するのは難しい。でも愛とか、想いとかは曖昧で良いと思う。

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