‘7.世界あちらこちら’ カテゴリーのブログアップ
手作りの切り絵カード 〜ドイツ建物編〜

先日の古い街並シリーズの絵封筒、(→記事はこちら)自分でも好きなテイストに仕上がり、
もひとつこのデザインを展開したいなあ、と思い、
メッセージカードにしてみることを思いつきました。
今回は”切り絵風”じゃなくて、本当に切ってみます。
サイズはハガキサイズ。半分から上を切りまして、下の部分をざっくりと抜いて
メッセージを書くスペースにしましたよ♩
そして今回のカードの特徴は、台紙を半分から折って
立てられるようにしてみたところ、
建物のシルエットがあちらにうつり、なんだかいい雰囲気です!

これ、もらった人がメッセージと一緒に立てて飾っておけるし、
または、建物の部分だけをちょっきん♩と切っちゃって
自分がどなたかに出す時に、封筒とかカード台紙とかに貼って使えるかな?と
思っています。
あまり意味合いが深くないデザインなのでどんなカードにも
使える感じ。このカードを送る時には、先日の絵封筒のデザインを
このカードサイズの封筒にしつらえたら封筒とカードがセットになっていいかも♩
カードは赤、モスグリーン、焦げ茶、ピンクグレー、なんて色展開がいいかな?
寒い毎日が続きますが、暖かいホットチョコレートを飲みながら、
こんなカードを切る時間を一日の中に少しずつ、持つ。
毎日少しずつ・・の静かな時間がとても大事に感じる凍りそうな今冬です。
手作り絵封筒 〜ドイツ建物編〜

年末に意味もなく、小さな鳥を切って封筒に貼付けてみたところ、なんだか気にいってしまって
2012年はお手紙を出そう♩という年にしたかったこともあり、以前から興味のあった
”絵封筒”ならぬ、手作り封筒を是非シリーズ化していきたいなー、と思っているのは
ブログに書いたとおりです。
はて、じゃあどんな封筒シリーズにしようかな〜?と思っていたのですが
まず、私が好きな封筒は洋形長3の、かなり横に長い形です。
この封筒の形のインクジェット対応封筒ってやつをずーっと長い間(!!何年も。。)持っていて
「いつか絵封筒やろう、やろう」と思っていてすっかり倉庫の中にあったのを思い出しました。
横長の封筒にあうシリーズを創っていきたい。
切り絵 ドイツ
そんなわけで私が大好きなヨーロッパの古い町並み風にすることに決めました!

以外に私は建築好き。でも本格的につきつめてるわけでもないし、なんとな〜く、っていう
いつもの私の”適当興味”の一環です。
特にヨーロッパの古い建築物は大好きで そんな資料が山のようにたまっていく。。
ただひたすら眺めては「は〜♩すてきねえ。。」とため息をつく。
こんな繰り返しで、私の本棚は引っ越しの際にゆがみに気づくほどぎっしりなんです。
そんな写真集や雑誌をひっぱりだし、町並みづくりを始めたのでした。
絵。。にすることも考えたのですが、逆にこの古い可愛い町並みをデザインっぽい感じで
仕上げていってみよう、とちょっと一瞬切り絵風にみえるテイストにしてみました。
第一弾はドイツです。
主に19世紀の協会、モスク、寺院など酒興的な建築物から、塔、記念碑、庁舎、などを
基準に私の独断でデザイン化したものです。
是非、これからヨーロッパだけでなく、世界各地の”古き建築シリーズ”と題し
(ちょっとおおげさかも)創っていこうかなー、と思っています!
こんな封筒で手紙が届いたらかわいいよね?きっと♩
桜より気になる春の花 ~白木蓮~
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先日東京にも開花宣言が出ていよいよ桜の時期になりました。 あっちもこっちもピンク・ピンク。食べるものも”桜***”のオンパレードですね。1年に1週間ばかり咲く花にこれだけ熱狂するのってやっぱり凄いことです。桜も責任重大なので「今年は咲かないことにしたいなあ・・」なんて怠慢は許されず、ひたすらがんばって咲く努力をしているんでしょう。 そんな中、私が毎春楽しみにしている花があります。 |
| 実は桜よりも気になっている花で、桜よりも一足先に満開になっている大好きな花です。それは白木蓮。 基本、木になる花はあんまり好きじゃないんですがこの花だけは例外。とても思い出深い花でもあります。 モデルの仕事で初めて訪れたワシントンDCのファッションショー話はかなり前に一度ブログで書いていますが(→こちらをご参照下さい)その時の話です。私達が泊まったホテルはワシントンの中心というより、少し離れた広々としたエリアにある大きなホテルでした。周りはショップやレストラン、といったにぎやかなものはあまり無くて、各国の大使館や、高級住宅が建ちならぶような静かな場所にあり、道路わきの並木や植物は綺麗に整頓・管理され、プチ公園のようなグリーンスポットが沢山点在しておりました。 そんな中でひときわ美しかったのが白木蓮の巨木。見たこともないようなサイズです。さすがUSA! 木蓮の木まで大きいとは・・・と驚いたことを覚えています。しかしその天にそびえる巨木とはうらはらに白い木蓮の花はどこまでも可憐ではかなげ。その色がそう見せるのか、はたまたあの不安定な花びらの形状がそう思わせるのか、私には木蓮の花は柔らかく、風と共存しつつどこか寂しげで、崩れそうで、でも花びえの頃の肌寒い空気がとても似合う。そんな花なのです。そんな花が圧倒するような数で咲き誇るワシントンのそれは白の洪水のように上から降ってきそうな花・花・花!の天井。その下にぼーぜんと立って花を眺めていた記憶は今も鮮明に残っています。 その時のショーで着せて頂いた絹のドレスがあるんですが、今から思うとまるで白とも薄黄色ともつかない、まさに木蓮色!しっとりとして艶やかな白のドレスの裾はちょうど木蓮の花をひっくりかえしたようなものでした。暖かくなま温い風を感じるようになり、ピンクの桜騒ぎの中、たった2週間ほど前の白木蓮を眺めていた時期が少し懐かしく感じるようになった今日この頃。あの凛とした一時は次に堪能できるのは1年先。こうして考えてみると私の熱狂も桜のそれとあまり変わらないなあ・・と思ったり。 ちなみにその桜ですが温暖化が進んでいる昨今、冬の気温があと5度くらいあがってしまうと西日本では桜は咲かなくなるらしいです。桜はある程度寒さ・冷たさといった「冬」を感じて、次に暖かくなった頃に「春」を感じ開花するんだそうです。それがいつでも暖かいと咲いていい時期がわからなくなるんだって。うーん・・・花も”メリハリ”が大事なんですな。そのあたりは人間も同じで、生活の中に大事なリズムやON・OFFはきちんと感じていく必要がありますね。しかしこれで桜も咲いてONパワーが全開!!になりつつも きちんと休息をとりつつ落ち着いて毎日を過ごしていければ、と思っています。 |
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エンパイアステートビルでガム合戦!~ニューヨーク~
本場フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラより~ポプリ~
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| ずっと仕事でお世話になっている方が年末にイタリアへ旅をされました。この方のお話はたびたびこのブログ内にも出てくるのですが、本当にいつも前に進むことをやめない 素敵なおじさま(?)でその生き方に私はいつも頭が下がる思いです。 以前ブログで外苑前のサンタ・マリア・ノヴェッラの話を書きましたが 私もこの方(以下M氏)もここのお店の品の愛用者であります。そんなM氏がイタリアに旅行!しかも訪問地にはしっかりとフィレンツェが入っているじゃあありませんか!「・・・行かれますよね・・?」と聞きますと「もちろん」とお答えになる。即座に「お土産買ってきてください!」と堂々と!お願い致しました。 私のサンタ・マリアライフですが、日常づかいの物は「ざくろのバスソープ」です。いや、「ざくろの石鹸」です、のほうが正しいです。(こちらの記事をご参考に!)これはあれからずーっと使っているお気に入りの一品。時折外苑前に行き、ショップの前を通る時「なにか新しいものでも~・・」とふらふらと入っていきそうになりますが いや、待て!サンタマリアの商品をそんなに軽々しく、あれもこれもとうわっついて使ってはいかん。***ドラッグストアの「ハニーぷるるんソープ」(?こんな名前の商品は無いと思いますが)とはわけが違う!と店の前でひとしきりこんな言葉を頭の中でやりとりしてみる。もっともこんな理由は抜かしてもそうそう簡単に買えるほどお安いものでもございません。しっかりと使うものを吟味に吟味を重ね購入し、大事にきっちり使っていく、そんな商品なのですから。なので私はまだ「ざくろ石鹸」は使い切ってございませんので今回は素通りさせてもらいますよ、とぼそぼそとつぶやきながら小走りに店から離れるのです。 そしてもう1つ。私の毎日をとても豊かにしてくれている最大の商品がここの「ポプリ」なのです。家中の至るところに密封瓶に入って置いてあります。その場所を通った時、ちょっと嗅ぎたいなと思った時、いつでもかわいい瓶のフタをキュとひねると 中からふわ~っ♪と舞い出てくる香りはまぎれもない、フィレンツェの香り。でも実はこの香り・・私には嗅いだ記憶があって、それは決してフィレンツェじゃない。(残念ながらまだフィレンツェには行ったことがありません)。どこだっけ?と考えるも、鮮明な記憶にはならないのだけど、ぼんやりとアメリカのどこか片田舎だった気がするんです。まあとにかく嗅ぐ度に涙が出そうになるくらい素敵な香りなのですよ。 |
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夢の楽園。タヒチの青・蒼・碧♪
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つい先日エアタヒチNUIとタヒチ観光局の共同運営で「Life is Love.Tahitiキャンペーン」というWEBが公開されました。とってもベタなムービーサイトなんですが、見ていたらタヒチを思い出しちゃいました。
ベタなところなのでベタなハネムーンでタヒチに行ったのはかれこれ6年ほど前になります。旦那も私もそれまでいわゆるツアーというものに行った事がなかったので ハネムーンだし、タヒチだし、どっぷりハネムーンツアーで行こうじゃあないか、ということでいそいそと参加。 |
| ツアー会社の人がなにもかもやってくれます。すごいねえ・・と言いつつ、ツアーのマン・ウォッチングを堪能しつつ、座席の小さいエアタヒチNUIは南の楽園・ボラボラ島へ。後にも先にもあれほどの青い色を見たのは初めてでした。まあ・・新婚旅行でもない限り来ないですな、という絵葉書みたいな場所にある水上コテージに滞在なわけですよ。 タヒチには断然 日本人の観光客が多いのだけれどかなり世界各国から”カップル”がやってきます。カップルじゃなかったのは1組のフランス人の若い男の子達3人組だけ。いわゆるリゾート地によくある老人ホームのような状態(老人ばっかりってやつ)ではなくて、若い人々の集まる場所であったのでとても元気な場所でした。しかしコテージが一番先端だったせいか、部屋にいる分にはまったく人の気配もせず、ガラスの床下ではねる魚の音だけが聞こえます。日ごろの喧騒なんてーものはすっかり忘れ、ホテル内の広~いラグーンで亀と遭遇したり、初めてのダイビングを楽しんだり♪ 幸か不幸か、生まれて初めてのダイビングをタヒチで潜ってしまった=今後どの海に潜ってもここより綺麗な海はないでしょう。まあやはり私はこれをきっかけにその後ラインセンスを取りましたが。 そんな滞在中にちょっとした事件がありました。夜水上コテージのバルコニーに椅子を並べてまどろんでいると突然 ダンッ!とホテル中が停電!もちろんずっと何棟も連なっているコテージもぜーんぶ真っ暗に。海の上で近くのホテルや建物なんて見えないし、あるのはただ暗黒の闇に包まれた空と海。そのうち隣や近辺のコテージから「ひゅう~っ♪」という歓声があがります。2人でふと気づくと なんと真っ暗になってみたら 空から満天の星が降ってきている!まさに「降っている」という言葉がぴったり。しばしぼーぜんと空を見上げ、本当に星が手に落ちてくるんじゃないか?と思って手をかざしたほど。周りをよ~く見るとどのコテージの滞在者もバルコニーで皆空を見上げ、この突然の神様からのプレゼントを堪能していました。停電はわずか10分くらいだったと思います。世界一の海、素晴らしい風景が沢山あったタヒチ・ボラボラ島でしたが、この10分が一番心に残っているのでございます。きっと星の数も世界一なんでしょう。 「ブラディマリーズ」というボラボラで有名なシーフードレストランにも行きました。我々はここで真っ白な子猫に会いました。透き通るように真っ白でタヒチの海のようなエメラルドグリーンの瞳。飼い主に名前はなんと?と聞くと「ketty」とお答えになる。これが我が家の1匹目のロシアンブルーの名前の由来です。 |
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夕暮れにたたずむアレクサンドル三世橋-Paris-
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なんだか500色えんぴつの名前みたいですが、このタイトルがぴったり。DEVIASのCMで中山美穂ちゃんが美しく微笑んでいる場所=パリのアレクサンドル三世橋です。 セーヌ川には沢山の有名な橋がかかっていますがおそらくこの橋と、ポンヌフが一番知られている橋ではないでしょうか。 |
| CMでよく目にするもんだから、やはりこの橋の思い出がよみがえってきます。 モデル時代になんどかシーズンを過ごしたパリ。(この頃のお話については 「世界あちらこちら」のカテゴリーで以前何回か書いていますので見てみてくださいね)。結局どの話も華やかとか、派手とか、ワクワク・・とかっていうWORDとはかけ離れた話になってしまっていましたが、今回もそんな感じ(笑)。寒くて枯葉が足元を舞っていたので春夏コレクション用のオーディションの滞在時だったんでしょう。 我々が共同で滞在していたアパルトマンはエッフェル塔の足元だったので、このアレクサンドル三世橋がある場所とはまったく違うエリアです。でもグラン・パレに通じるこの橋のエリアはメゾンも多く、オーディションではよく動いていたエリアでした。モデルさんはかなりの売れっ子モデルでもオーディションやコレクションの時期にパリの中を移動するのに、タクシーを使うということはあまりありません。もちろんお金がないわけじゃなくて遅刻厳禁!のこの世界で時間どおり運んでくれるのは確実にメトロ(地下鉄)です。 なぜかこのアレクサンドル三世橋近くのメゾンが一番遅い時間だったりするケースが多く、夕日が沈む頃にトボトボとこの橋を渡ってみたりするわけです。ちょうど空は夕暮れと一緒に高さをどんどんなくしていき、まるで橋の上の私に「今日もがんばったじゃあないか」と上から幕を下ろしてくれるよう。オーディションなんてそんな簡単に決まるわけもなく、毎日落とされ、落とされの日々。橋の上から一人 流れるセーヌを見てみる。そりゃあ・・涙の1つも流れるわけですよ!と、悲しいばかりの橋でしたが、本当の橋の正体を感じるべく、この足でもう一度渡ってみたいと思うのです。それはもちろん夕日がエッフェル塔を影にして映す時間に。 |
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ロスアンジェルス事件簿-アメリカ西海岸②
ロスアンジェルス事件簿-アメリカ西海岸①
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モデルを始めて5年くらい経った時、体調を崩した事もありしばらく仕事をお休みしていた期間がありました。
体が良くなってからすぐに復帰はせずに一時逃亡!したのがアメリカ西海岸です。80年代の風バリバリの時代~バブル~と過ごしてきた私にとって、高校時代に一番影響されたのもアメリカ、という国でした。 |
| モデルという仕事でパリ、ミラノといったモードとはなんたるか、の声の中で日々がんばっていた私にとっては アメリカはまさに自由!FREEDOM!で、逃亡先にはもってこい。 友人も何人か住んでいた事もあり、ふら~っ・・と行ってしまい数ヶ月滞在しておりました。途中 あちらのエージェントに訪問してみたりもしましたが、なんだか西海岸バリバリで(笑) 何枚かシューティングくらいはしてもらったりしたっけ。。 最初は割りとハリウッドブルバード近くに住んでいる友人の住まいを拠点に サンタモニカあたりをウーロウロ。広~い太平洋をボーっと見ていると これまで怒涛のように必死にもがいていた毎日が嘘のように虚脱していきます。真西に沈むサンセットはそれは独特に美しく、世の中にこんなオレンジがあるのか、と思います。 沢山の人に会いましたが、一番強烈だったのはデンゼル・ワシントン。あの頃はちょうどマルコムXあたりでピカピカでしたね。黒の皮のパンツに オフホワイトのざっくりしたサマーセーターをがばっとはおった彼は本当にかっこよかった!素敵だ、と思ったのは一人だけだった。まあそれがThat’s 西海岸・・。 |
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ビバ メキシコ!
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| 長いような短いようなモデル時代に幕を下ろし、私は次に製造の世界に入りました。まるで真逆の世界。思いもしなかったサラリーマン生活。でも結果として私はとてもその後の8年間を楽しみ、そしてものすごく沢山の勉強をさせてもらいました。 なにより現場の仕事が楽しくて、あんなに働いた時代はもう無いだろうというくらい、1日18時間くらい働きました。しかしあまり辛いとか嫌だとか思った事はありませんでした。それまで孤独に競争社会で生きていたモデル時代とは違い、チームで仕事ができる事、助け合う事ができる事。仕事は厳しいものでしたが、それは私の毎日に多いにパワーをもたらしてくれました。担当が海外であったので、さまざまな場所に行きましたが、派遣社員から正社員になり、形としてへんな時期の簡単な入社式の次の日にはメキシコに行きました。アジアとも違う、ヨーロッパともアメリカとも違う、メキシコという南米の世界。赴任者、出張者は毎日USA側から一斉にボーダーを越え、メキシコ側の現場に入ります。メキシコ人特有の性質や、地域的な難しさ、ラテンの匂い、そんなものを感じながら毎日仕事をしたものです。 仕事の話はさておき、苦しい事も沢山ありましたが、それ以上に楽しい事も沢山。本当は出張者は一日の仕事が終わり、USA側に戻ってからは、メキシコ側に戻る事は禁止されています。それは治安上の問題。なので往復一斉に国境を越えるのです。しかし・・・ここは熱きラテンの血が騒ぐ テキーラ!ですよ。おとなしくUSAのホテルでじめじめ夜を過ごすわけにはいかないじゃあないっすか。 絶対秘密!ってことで現地の人間にこっそりメキシコ側に夜連れ出してもらったものです。出張者は禁止されている道端の屋台もの。(これは世界中でそうだと思います)でも考えてごらんなさいな。現地の屋台、美味しいに決まってるでしょう!食べないわけにはいかないでしょう!屋台タコスの美味しかった事といったら、なぜあのタコスは日本で食べられないんだろう? そして夜更けまでラテンのクラブで踊りまくる。これがすごい・・。どんなに六本木の***がすごかろうが、なんというかもうセンスが違う。踊りも、選曲も、熱も、空気もなにもかも。あんなに素敵なクラブはついぞ行ったことがありません。NYの***なんてちゃんちゃらおかしいです。ここまで書いているとまるで遊びに行ったようですが、ちゃんと仕事もした・・・はず(笑)。やはりあの恐ろしく青い空と灼熱の太陽、乾いた風、地からわきあがってくる人の息吹、忘れられないところでした。”人が暮らしている”と思えるところでした。しかしついぞ スペイン語を覚えようとしなかった私。現地ローカルからはぶーぶー言われましたが、どうもスペイン語は苦手でございます。メキシコから帰る時、現地スタッフから「これ、みんなであなたにプレゼントなの」と メキシコカラーの大きなタフタカバーをもらいました。メキシコ人がこうやってお餞別をくれるということはまず無いんだよ、と現地上司から聞かされました。モデルから大手企業に入り死に物狂いで 仕事をしていかなくてはならなかった私。 いろんなことも言われたけれど、こんな事をしてもらい、ますますがんばらなくちゃ!と思ったものです。少しだけ涙が出そうになりました。メキシコカバーは 今での我が家の椅子にゆらゆらとかかっています。それを見るたびにあの青い空とテキーラを思いだします。 |
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